浅利慶太(劇団四季)の経歴や功績は?代表作や演出家としての評価!

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こんにちは!Yumeです。

2018年7月18日(木)劇団四季の創始者である浅利慶太さんの訃報が飛び込んできました。

悪性リンパ腫のため東京都内病院で2018年7月13日午後5時33分に旅立たれたそうです。

劇団四季関係者だけではなく、幅広く活動をされてきた浅利慶太氏の訃報に悲しみを隠せないという方が多いかと思います。

偉大な経歴と功績を残されている浅利慶太氏について、今回は「浅利慶太(劇団四季)の経歴や功績は?代表作や演出家としての評価!」と題して、代表作や演出家としての評価まで掘り下げてみたいと思います。

それでは、本題に入っていきたいと思います。どうぞ最後までご覧下さい。

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浅利慶太(劇団四季)の経歴や功績は?

名前:浅利慶太(あさり けいた)

生年月日:1993年3月16日

年齢:85歳

出身地:東京都

職業:演出家、劇作家

小学校:永田町小学校(現:麹町小学校)

高校:慶応技術高等学校

最終学歴:慶應義塾大学文学部仏文学科-中退

代表作:キャッツ、ライオンキング、他

代表的な功績:劇団四季創設者、慶應義塾評議員、こころの劇場

最終活動歴:浅利演出事務所

受賞歴(一部):紀伊国屋演劇賞、菊池寛賞、読売演劇大賞、ドイツ連邦共和国一等功労勲章、イタリア・アッビアーティ賞、中国政府友誼賞。他

 

大叔父は歌舞伎俳優の二代目市川左団次、父は築地小劇場創立同人の浅利鶴雄ということで、劇団関係のご家庭で生まれ育った浅利慶太氏。

劇団四季の創設者として大きな経歴を残された浅利慶太さん。劇団四季を創設されたのは、なんと慶應義塾大学文学部仏文学科に在学中1953年)のことだったといいますから、学生をしながら劇団の活動にもかなり若いうちに取り組まれていたということになりますよね。2014年まで劇団四季の活動を継続されてきました。

当時劇団四季を立ち上げたメンバーは、俳優の日下武史氏をはじめ慶應大学の生徒の他に東京大学の生徒も一緒でした。浅利慶太さんが当時一番影響を受けたのは、加藤道夫氏。また、舞台作家のジャン・アムイやジャン・ジロドゥの作品を上演していたそうですが、その後はミュージカルやストレートプレイまで演出の幅を広めていきながらプロデュース・演出家としての才能を発揮されました。

中には、劇団四季の代表作とも言える「ライオンキング」をはじめ、「コーラスライン」や「ウェストサイド物語」などの海外作品を翻訳して上演するなどもしていますよね!

1970年代から海外ミュージカルの翻訳上演を始め、中曽根康弘や石原慎太郎などの政治家との関係を背景とした莫大な集金、集客力により、劇団四季を大劇団へと成長させる。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%85%E5%88%A9%E6%85%B6%E5%A4%AA

政治家との交流も多くあった浅利慶太氏。横の繋がりを多く持っており、1983年に上演した「キャッツ」では、日本初のロングラン公演も成功させたことは、大きな功績の一つと言えるのではないでしょか?このキャッツのロングランは、日本演劇界の興行形態に革新をもたらしたとまで言われています。

キャッツのロングラン公演の裏には、浅利慶太氏の「俳優を一つの役に縛ら図、いろんな配役をさせる」というシステムが導入されたことが大きな成功の要因となっているようです。独自の発声法まで開発されたそうですので、まさに現代の演劇界の基盤を創られた方であることに間違いありませんよね。また、劇団四季以外の活動も盛んに行われており、海外の劇場ではオペラの演出を手がけたこともありました。

演出家・プロデューサーとして以外にも、多くの俳優やスタッフを発掘・育成されるなど、本当に多くの横の繋がりを持っていらっしゃったようです。特に、劇団四季のメンバーにとっては、浅利慶太氏の存在は常に精神的な支柱であったとのこと。

さらに劇団活動の他には、1998年の長野冬季オリンピックの回閉会式のプロデュースと演出を務めたことでも有名ですので、2020年の東京オリンピックのプロデュースと演出にも一役かうのでは?と考えていた方にとっては、今回の訃報はとても残念なものとなったことでしょう。

また、「こころの劇場」という児童招待事業を行い「美しい日本語の話し方教室」を小学校を訪問して行うなど、社会貢献活動にも積極的に取り組まれました。

ちなみに、浅利慶太さんのお別れ会は後日実施されることとなっています。

浅利慶太(劇団四季)の代表作や演出家としての評価!

上記でも一部触れたように、浅利慶太氏の代表作は様々あれど、やはり「キャッツ」と「ライオンキング」は劇団四季を語る上でもなくてはならない作品であるため、代表作といえばこの二つは外せないところではないでしょうか?

また、浅利慶太氏の評価に関しては、もはやいうまでもありませんが、世界的にもかなりの高評価を受けており、紀伊国屋演劇賞、菊池寛賞、読売演劇大賞、ドイツ連邦共和国一等功労勲章、イタリア・アッビアーティ賞、中国政府友誼賞などの多数の賞を受賞されています。

浅利慶太氏に関する情報を調査していたところ「昭和がまた一つ終わった。」という声も聞かれるほどでしたので、一つの時代を作り上げるほどの人物であったということは、誰が見ても間違いない信じつではないでしょうか?

浅利慶太に妻や子供はいるの?

数々の功績を残していらっしゃる浅利慶太氏。

ご家族構成も気になりますよね。

ということで、浅利慶太さんは3回ご結婚をされていたようなので奥様は3名いらっしゃったようです。

お一人目は藤野節子さん。二人目は影万里江さん。そして、今の奥様が野村玲子さんです。

 

お子さんに関する情報は発見することができませんでしたが、現在のご年齢でお子さんがいるのであればお孫さんがいたとしてもおかしくはないですよね?

関係者からのコメントは?

浅利慶太氏の訃報を受けて、ショックを隠せない関係者の方は多いのではないでしょうか?

そこで、ここでは現時点でコメントが出されていた関係者の方のコメントをいくつかご紹介したいと思います。

浅利慶太の本は?

「浅利慶太氏のことは以前から知ってはいたけれど…。」という方は多いと思いますが、より詳しく浅利慶太氏について知りたいという方は、ご本人が出されている本などもありますので、そちらから浅利慶太氏についてさらに深く掘り下げてみてはいかがでしょうか?

日本の一時代を気づいた人物の人生から現れた景色を切り取って著作されたものばかりかと思いますので、気になった方はぜひお読み下さい。

まとめ

今回は「浅利慶太(劇団四季)の経歴や功績は?代表作や演出家としての評価!」と題して、劇団四季の創設者であり、演出家としても活躍をされてきた浅利慶太氏について、経歴や功績の他にも代表作や演出家としての評価まで迫ってみました。

劇団がお好きな方であれば知らない人はいないはずの浅利慶太氏。

突然のように感じた訃報報告にショックを受けたという方も多いかと思います。多くの役者を育てて来られた方でもありますから、現代の日本演劇界を創ったと言っても過言ではないのではないでしょうか?

多くの名作を世に送り出して下さった浅利慶太氏の功績に感謝を送るとともに、ご冥福をお祈り致します。

それでは、今回も最後までご拝読いただきありがとうございました。

Yume。

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