「ライブといえば矢沢永吉」といわれる?ライブミュージシャンの先駆者とは?日本の音楽シーンに大きなインパクト!」

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ライブミュージシャンの先駆者といわれる矢沢永吉さん!!
1975年、ソロデビュー以降「ライブといえば矢沢永吉」といわれるほど。1970年代は21人の「矢沢ファミリー」と4トン半のトラック2台に機材を積んで全国をツアー!ライブ制作を自前で手掛けたのは1990年。ミュージシャンらしい視点を取り入れたライブは日本の音楽シーンに大きなインパクトを与えました!!

著作権ビジネスといわれる由縁は?

キャロル解散後にビートルズにならい自らの音楽出版会社を設立した矢沢永吉さん。

出版権だけではなく、肖像権にも目をつけグッズ販売なども自らの手でコントロール。

2008年には「GARURU RECORDS」設立で音源作成や流通などをすべて自前で行うスタイルが確立しました。

現在、世界の音楽業界ではCD販売にのみ頼ることなく、あらゆる権利を通し利益を得るビジネスモデルが主流となっていて、「矢沢は日本に於ける先駆者である」といわれています。

その当時、「ミュージシャンは金持つな」という風潮があったのに対して「アーティストとしての権利を主張することが、これからの時代には必要!」と信じて疑わなかった。

その為、当時は「浮いた存在」で「にぎりの矢沢(ドケチという意味)」といわれていたらしいです。

芸能界のカラクリに腹がたち、雑誌のインタビューなどで芸能界をバンバン批判したそうです。

 

 

幼少期の辛い生い立ち?いじめの体験なども?音楽への芽生えとは?

・生い立ち

幼少期は幼いときに母親が夫と息子を捨てて蒸発。

親戚中をたらいまわしにされた経験や、その後は祖母の家で育てられ、極貧の少年時代を過ごしたといいます。

近所では「お前の家では、貧乏でケーキも変えないだろう」とケーキの一部を投げつけられるようないじめなども体験。

このような経験から「BIGになる!」といった思いが芽生えたといいます。

ロックに目覚めたのは、中学時代にラジオからビートルズが流れてきたことから。

さらに、ベンチャーズの広島公演に行ったことがきっかけで音楽でスターになることを夢みたといいます。

・バンド結成

高校卒業とともにトランクとギターを持ち、アルバイトで貯めた5万円を持ち、最終夜行で上京。

横浜駅で途中下車し、チャイナタウンや喫茶タクトで働きながらバンド活動を始めました。

 

・自作の曲

自作の曲「アイ・ラブ・ユーOK」のテープで「ビートルズのレコードを出しているから」といった理由で、東芝EMIやCBSソニーに持ち込んだ経験がある。

 

・キャロル

張り紙チラシで募集をかけたキャロルは、ジョニー大倉、内海利勝、ユウ岡崎といったメンバーで後の日本のロックシーンにも大きな影響を与えたといいます。

キャロルはロックバンドが商業的に受け入れられなかった音楽界に突如人気を博したバンドでした。

1975年、日比谷野音楽堂において解散ライブを行いましたが、親衛隊としてクールスなどのメンバーも参加。

そのとき爆竹の火花がステージに燃え移り、メンバーは楽器を失ったり、多くの借金を抱えるなどといったアクシデントも。

 

 

 

「I LOVE YOU, OK」でソロデビュー?ソロシンガー矢沢として?ライブの動員が増えた?

CMソング「時間よとまれ」大ヒットしたのは、1978年。累計売上はミリオンセラーを記録しています。

東京ドームの前身となる、後楽園球場で空前の単独公演を敢行。

5月には長者番付け歌手部門でロックミュージシャンとして初の第1位を獲得します。

自叙伝では第一弾として「なりあがり」を出版。100万部を超えるベストセラーになります。

この時、ライターを担当したのが糸井重里氏。この年の「ヒーローと呼べる人物」として第1位の王貞治氏に次、第2位に選ばれています。

ロックスターとしての黄金期!アメリカ西海岸に活動の拠点?アルバムを世界、全米で発売?

 

1980年代に入ると、売り上げ、動員数、ロックスターとして黄金期を迎えます。

アメリカ西海岸に活動の拠点を移し、現地のプロデューサーやドゥービー・ブラザーズなどのミュージシャンなどを起用。

第一弾のドキュメンタリー映画「RUN&RUN」が公開。ワーナーパイオニアに移籍し、長者番付け歌手部門でも1978年に続き首位を獲得。

1981年には、第一弾海外版アルバム「YAZAWA」を全世界で発売。全米での売り上げ枚数も2,000枚。

1982年には第2弾海外版アルバム「『YAZAWA It’s Just Rock’n Roll」が全米で発売。

ビルボードの推薦曲としてシングル「ROCKIN’ MY HEART」がジョージ・ハリスン。バリー・マニロウとともに掲載されました。

ドゥビー・ブラザースとともにE.YAZAWA として来日。凱旋武道館ライブ「MILES AND MILES」が敢行されNHKでも放送されました。

 

団塊の世代とビートルズ?ライブ・パフォーマンスで毎年ツアー?アクション、マイクターンとは?

 

2018年には満69歳(ロック)を迎え、全国5都市のドームツアー「EIKICHI YAZAWA 69TH ANNIVERSARY TOUR 2018 – STAY ROCK -」を9月からスタート。

2019年にはインターネットライブEIKICHI YAZAWA『MANIAC NIGHT 2』」を配信しています。

マイクターンとはマイクスタンドを振りまわす、独特のアクションです。

ソロ・デビュー当時からライブでの見せどころとなっています。

ライブ中盤から終盤にかけて「矢沢タオル」を肩にかけて登場。

コンサート終盤には楽曲「止まらないHa~Ha」に合わせてタオル投げが会場全体に起こるのも大きな特徴のひとつです。

 

まとめ

1978年3月に発売された資生堂CMソングの「時間よ止まれ」は、団塊世代の人でなくても記憶には新しいかもしれません。オリコン1位を獲得し、ミリオンセラーを記録しています。アルバム、「ゴールドラッシュ」もオリコンアルバム1位となり、音楽ビジネスの開祖的存在といわれています。

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