落合博満の凄さは「オレ流」選手でも凄い!監督でも凄い!生きる伝説!

Sponsored Links

みなさんこんにちは^^

「落合博満」野球ファンなら知らない人はいないですよね♪

以前、私の趣味である草野球で10代の選手と落合博満について話す機会がありました。

その際、19歳の彼は「落合博満はもちろん知っているけど三冠王3度取ったことくらいしか知らないっス。あとは無言でベンチに座っている監督のイメージっス。」と言うのです。

今回は落合博満さんの凄さを伝えるべく「落合博満の凄さは「オレ流」選手でも凄い!監督でも凄い!まさに生きる伝説!」と題しまして落合博満の凄さについて調査してみたいと思います♪

【合わせて読みたい】

落合博満の凄さは「オレ流」!!性格も「オレ流」!!

落合さんと言えば「オレ流」で有名ですよね^^

どんな「オレ流」エピソードがあるのでしょうか!!

落合さんは長嶋茂雄や王貞治に憧れて野球を始めます。

昔から野球が上手く皆から注目されるエリートかと思いきや全然そんなことはありません。
高校時代なんかは秋田県立秋田工業高等学校に進学し野球部に在籍していたものの、球をしている時間よりも映画館にいる時間の方が長かったそうです。

しかもその後、先輩による理不尽なしごきに耐えかねて野球部を退部。

落合はほとんど練習をせずに、4番打者として試合に出場していた。高校時代は野球部を退部→復帰を通算7回繰り返していたそうです。

入部、退部を7回も繰り返すってある意味凄いですね!笑
そして練習していた時間よりも映画を見ていた時間の方が長いにも関わらず4番に座っているなんて野球センスは抜群だったんでしょうね(^^♪

いろいろあったが無事に野球を続けた落合は高校卒業後、東洋大学に進学する。
しかし、先輩がタバコを手にしたら素早く火をつける、などといった体育会系の慣習に納得できず、故障もして、わずか半年で野球部を退部、大学も中退。

そのまま秋田に帰ってしまった・・・・

え??何してんすか落合さん!!せっかく大学入ったのに大学まで辞めちゃったの?( ;∀;)

しかもですよ!!!
その後、ボウリング場でアルバイトをし、ボウリングに目覚め、プロボウラーを志すようになる。

野球選手じゃないんかいっ!!笑

落合さんのことだからプロボーラーになっても結果を残していたかもしれませんが・・・

でも落合さん曰く、プロテストの受験料を払えずに断念したそうです。

それを見た高校時代の恩師は才能があるんだからもう一度野球をやってみろと京芝浦電気の府中工場に臨時工として入社。
同工場の社会人野球チーム・東芝府中に入部。

恩師ありがとうございます!!!
恩師がいなかったら野球界に「落合博満」の名前は無かったことでしょう!!
ありがとうございます恩師!!!

落合はチームを創部初の都市対抗野球出場に導くなど、中心選手として大活躍。1978年にロッテから3位指名を受け、25歳という野球選手としては非常に遅い年齢でプロ入りをします。

いかがですか?
ここまで見ただけでも落合博満は変わり者と言うか昔から「オレ流」だったのが分かりますね!!

プロ野球選手でもオレ流

当時のロッテの監督は、現役時代“シュート打ちの名人”と呼ばれ内角球を打たせたら当代
随一の職人技を誇った山内一弘であった。
山内一弘は、バットを地面と水平に振るレベルスイングを標榜し、数多くの一流選手を育てたことでも知られる。
落合のスイングは極端なアッパースイングであったため、山内はスイングの矯正に取り掛かるべくアドバイスを試みた。
ところが、山内の指導するバッテイング理論では、どうしても打球が前に飛ばない。
そこで、落合は監督である山内に、「ダメならクビで結構ですから、俺のことは放っておいてください」と言うと、独自の理論を構築していきバッテイングを極めていく。
いくら25歳という年齢とはいえ、落合は新人である。新人選手が監督に、そんな生意気な発言を出来るのか!それも山内一弘という、2,000本安打を放ちパリーグを代表する4番バッターと呼ばれた往年の大打者に対しての放言なのだ。
だが、落合のアッパースイングは、決して技術不足でもなければ、単なる我流でもなかった。
自身の体の構造などの特性を鑑み、最も自分に合ったスイングを試行錯誤した結果、いきついたスイングだったのだ。
また、「当時の自分には、山内さんの高度な打撃理論を理解することができなかった」と落合自身が語っていたように、技術的にもまだ山内の域にまで達していなかったことも、自分のものに出来なかった要因であった。
あくまでも、当時の落合には山内の指導方法が合わなかっただけであり、落合も、山内の人柄や高度な打撃理論に対しては敬意を払っている。
その証左として、自身の代名詞である神主打法の中に、山内から指導を受けた技術が息づいていることを認めており、「プロ野球人生で、野球というものを教わった監督は稲尾さんと山内さんだけ」と後述するのであった
出典:https://parties.jp/columns/6018#article-body-heading-offset-1

破られることのない三度の三冠王

三冠王三回って漫画の話みたいですね。

さらに最年少での三冠王も達成しています。
もちろん2000本安打も達成!!

あまり知られていませんが、落合は歴代シーズン最高出塁率保持者でもあります。

落合さんは史上最多3度の3冠王に輝いたが、その打撃3部門(打率、打点、本塁打)でどれが一番難しかったか?と問われると「首位打者!」と即答。打率トップは「全員獲れる可能性がある」とし、打点と本塁打の2部門に関しては「限られたメンバーしか獲る可能性はない」と言い切った。
それなら3冠王獲得のために一番難しい打率を狙いにいくのかといえば、さにあらず。「全部獲りにいかないと(3冠は)獲れない。よくヒットの延長がホームランって言うけど、それは皆ウソ!」とし、「極端な話を言えば」と前置きした上で「王さんが“王シフト”敷かれても外野手の頭を越えてスタンドに入れれば誰も取れないでしょ?王さんは(ガラ空きの)レフトに打たなかった」と通算868本塁打を放った世界のホームラン王・王貞治氏(78)を例に挙げた。
また、自身の現役時代の代名詞だった“神主打法”誕生のきっかけについては「頭の上をボールが通ってくもんだから、踏み込んだら死んじゃうなって。頭にデッドボール当たった恐怖感で自然と反応しちゃったんだと思う。意識とは別」と自ら意識して“神主打法”を生み出したのではなく自然と出来た打法であることを明かした。
出典:https://baseballgate.jp/p/368743/

松井秀喜に日本で唯一勝てない相手と言わせた男

94年のセ・リーグ優勝の行方は、中日との最終戦で勝った方が優勝という“10・8決戦”に。落合氏はこの試合で先制本塁打と決勝適時打を放つ活躍。巨人を4年ぶりのリーグ優勝に導いた。
3番で試合に出場した松井氏は「あの試合は私の中で現役20年間で最も大きな1試合だったと思います」と回顧。
「落合さんはあのシーズンはトータルでは不本意だったと思います。でも、あの大一番でシーズン一番の4番の働きを出すっていう、それが4番打者ですよ」「4番打者の神髄、真骨頂を見せてもらった気がします」と語った。
「一番打つ人、一番信頼される人が4番を打つ。そう漠然と考えていましたけど、それだけじゃない」と続け、「皆4番打者の背中を見ているんですよね。打つだけじゃなくて背中でチーム全体にいい影響を与えられるのが本物の4番打者だと思います。かなり感動しました」と落合氏から“4番の神髄”を学んだことを明かした。
出典:https://baseballgate.jp/p/383224/

 

監督でもオレ流で中日を強くする

中日の黄金期と言えば!エースの川上?ベテランの山本昌?クローザーの岩瀬?荒木?井端?森野?和田?

こうしてみると凄い選手が揃ってましたね!

中日黄金期と言えば「落合博満」と答える人も多いのではないでしょうか?

落合監督は2004年から2011年の8年間、中日の監督を務めます。

8年間の間でリーグ優勝は4回!それも8年間すべてAクラスである!!

就任1年目でリーグ優勝

監督1年目は「この1年は補強を凍結し、個々の選手の能力を10%底上げして日本一を獲る」と宣言し、見事リーグ優勝を達成。
他にも「一芸に秀でた選手を使う」という方針も掲げました。
3年間一軍登板の無かった「川崎憲次郎」を開幕投手に抜擢したりとすべての選手にチャンスがあるとチームを刺激させました。
1年目から「オレ流」を発揮していますね。

 

見抜く力がずば抜けている

この動画は審判の体調不良を見抜いた落合監督の動画です。選手や相手チームの変化を見抜くだけでも凄いことなのに審判の変化まで見抜いてしまうなんて凄いとしか言いようがありません。

「落合には他の監督では気づけないような選手の能力を見抜く眼力がある。スカウトの方が適しているのではと思うくらいだ」
その好例が、河原純一である。西武を解雇され1年ブランクのあった河原を、’09年、テストを経て獲得。その年河原は貴重な中継ぎとして活躍。40試合以上に登板を果たした。
「落合は、年齢やちょっとした怪我では選手の評価を変えない。考えるのは、今のチームに足りないものを補ってくれるかどうか、それだけ。そもそもベテランは落ち目でも実績がある。能力が保証された上で安く済む」
「守りのチーム」の要である二遊間の荒木雅博、井端弘和に関しても、落合監督は慧眼を発揮している。6年連続でゴールデングラブを獲得した二人の定位置を交換したのだ。

落合監督は、その理由を、
「オレが記憶している二人の動きと微妙にずれていたんだ」と答えているが、それを聞いた荒木は、「自分が思っていた以上に無理が来ていた。監督の目だけはごまかせない」と唸った。
本人ですら気づかないような変化を、監督の目は見抜いてしまう。それは試合直前にも発揮された。
「その日のコンディションを見極めるのがうまい。中日は同じようなレベルの選手が多いから落合君は、悪ければ代えるし、良ければ使う。井端がケガしても、岩崎(達郎)がいる、堂上(直倫)がいるという風に調子のいい者を使うんです」
しかし見切りも早い。
「使えるか使えないかの評価を常にしていた。すべて自分で決めるので、我々も全く知らないうちに、育ちかけていた選手が切られていくこともあった」
このとてもドライで、ある意味徹底された「プロ意識」が、落合野球のもう一つの特徴でもある。
出典:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/24548?page=2

選手を信じない

落合監督の野球では、「打つ」ことより「守り」が優先されている。選手を見るときに、自分の現役時代の能力を基準にしているからである。打つことに関して、現役時代の自分を超える選手はいない。だから、多くを期待しない。
滅多に選手をほめない落合監督は、「オレ以上の実績を作った選手がいたらほめてやる」というのが口癖だった。
落合から見れば、現役選手達は全員、自分以下としか映っていない。だからこそ『選手と心中』なんてことはしない。選手を信じ切らないから、油断がない。だからこそ試合への準備はどのチームより緻密に行っている。そして常に情報収集に気を配った。中日にはスコアラーが他球団に比べて3倍近くいるというのは有名な話だ。
出典:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/24548?page=2

 

圧倒的な練習量

若松氏はヤクルト監督を辞任した後、評論家として訪れた中日キャンプで、選手たちのハードな練習ぶりを目の当たりにして「度肝を抜かれた」という。
「他のチームのキャンプは、大抵4日練習して1日休むペースで行います。でも中日は6勤1休だった。要は開幕後のスケジュールに合わせて練習しているんです。全体練習後もほとんどの選手が残って必死にバットを振っていました」
最近の中日の練習を見た元プロ野球選手が、思わず「こんなに練習するんですか」と感嘆すると、落合監督はニコリともせず言い放った。「俺の現役の頃は、もっと練習していた」
無駄を嫌う落合監督が猛練習を行う理由、それは単純に練習が無駄ではないからだ。
出典:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/24548?page=3

SNSでも未だに落合を絶賛する声が

https://twitter.com/Seyonglove_mari/status/1154729851665833985?s=20

 

 

まとめ

いかがでしたか?

落合博満に関してはまだまだ語りつくせないほどの伝説があります^^

日本球界の宝でもあり生きる伝説と言っても全然過言ではない落合さんについてまとめてみました。

またいつの日かユニフォーム姿の落合博満を見てみたいですね(*’▽’)
【合わせて読みたい】

Sponsored Links
Sponsored Links